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2011年3月

2011/03/29

出戻り

退院したばかりの親父さんが、救急車で病院に舞い戻ってしまった。
会社帰りに病院から呼ばれ、家とは逆方向の病院へあわてて駆けつけたところ、幸い容体は安定したのだけど‥
翌日は休日出勤だったんで、職場には行ったもののやはり仕事に集中できなくて早めに切り上げてしまった。

よりによって退院したのが震災の当日だったりするのだが、本人にとっては地震や原発よりも自分の身体が云うこと聞かないことの方が重大事なのだろう。
この調子だとどうやら家で普通に暮らすのは無理っぽいので、高齢者向けの医療施設でケアを受けることになりそうだ。
そうなると気がかりなのが、超オプティミストな息子とは似ても似つかぬ超ペシミストな親父さん、昭和1ケタ生まれで苦難と激動の時代を生き抜いたのだし、のほほ~んとした晩年を過ごしてもらいたいところなんだがねぇ‥

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2011/03/17

一日二食

今日は通院日。担当医が今年度いっぱいで病院をかわるということで、お世話になりました。<m(_^_)m>
交通機関もこんな調子だし、普段なら病院から職場に戻るんだが、今日はそのまま帰宅することにした。
ついでに忙しくて行きそびれていた床屋で散髪。床屋の看板が消灯されて廻ってなく、「営業中」と書いた紙が貼られている。そういえばドトールの看板も廻ってなかったな‥

刈り上げた頭がスースー寒い(笑)。いやいや、避難所でろくに暖房も食糧もなく頑張っている人たちを思えば。。。
避難所と云えば、ついに避難してから亡くなる人が出てしまった。これだけの大規模災害なので、皆無ということは難しいかもしれないが、こんな悲しいことがこれ以上起きないよう、くれぐれも愚かな買いだめとか止めてほしい。
買いだめどころか、むしろ被災地のための「不買」を行うべきだ。
近くのGSでも給油待ちの車が長蛇の列を作っているが、商売でどうしても必要なら仕方ないとしても、可能な限りガソリンを使わないようにするのが、被災を免れた者の当然の務めだろう。

どこに行っても弁当が手に入らないので、ワシは今週、ほぼ一日二食で過ごしている。家で作っていけばいいのだろうが、ふだん自炊を諦めた生活なので、冷蔵庫には米とビール(笑)しかない。それでもこんな病気持ちのワシが、どうにか普通に暮らしていけてることに感謝しつつ‥


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2011/03/16

ただひたすら言葉を失う・・・

もう惨事とか悪夢とか、そういう言葉では言い表せないんだけれど、今度ばかりは己もそこにちょっとだけ巻き込まれているわけで、力を合わせて復興に向かってくしかないんだな。

まだ生死すら知れないおびただしい人々、ただ失われた、てこと以上に無惨に変わり果てた郷土、はぐれたままの肉親、先の見えない避難生活、東北以外でも次々と起きる強い地震、そこに目に見えない放射能の不安まで加わり、これで前を向いて歩け、と言われても無茶すぎる話だが、ある意味「生きる」っていう生命の究極的な本能を強く自覚する時なのかもしれない。

我が住処は、倒れそうな家具には概ね所謂つっかい棒をしてあったし、落っこちそうな電化製品も耐震ゲルで固定してたが、果たして対策してなかったところだけがひっくり返ったりズレたりしていた(というか、対策漏れだったところがもろに露呈した)。

巷では思慮浅い人々がスーパーで食料品やらトイレットペーパーやらを買いだめするという、被災した人たちをこれっぽっちも顧みない、情けない現象も起きているが、まぁ早々に収束するだろう。

計画停電で首都圏の通勤はかなりの苦痛を伴っているが、それでも殆どの人は普段通り出社、勤勉な国民性の面目躍如である。

節電のため、コンビニも駅もビジネスビルも照明を落とし、店舗も営業を短縮している。たぶん他の人も感じただろうが、こんだけ暗くしても生活に差し支えないなら、マイナス6パーセントとかチャレンジ25とか云う以前にコレをやっとけばいいんじゃないのか?とも思う。

正直、今まで片道45分だった通勤が、片道90分と倍になったのはキツい。でも世の中悪いことばかりじゃなくて、今日はその新しい通勤ルートで素敵なカレー屋を発掘。安くて旨くて辛くて、(べらんめぇではない)上品な東京弁を話す店主の人柄も二重丸、かなり癒されたっすconfident

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